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節約とは何の関係もない話ですが、個人的に出産の時の記憶がまだ新しいうちになんらかの形で残しておきたいと思い勝手ながら出産の時について書かせてもらいます。
これから出産の人に、少しでも参考になればいいし、出産の経験がある方も、「そうそう!こんなんだった!」とか「あたしはこうだったなぁ」など思い出してもらえれば嬉しいです。
臨月に入った頃から、産院からは「赤ちゃんが下がり気味だから、予定日より早くなるかも」と言われてドキドキの毎日を過ごしていました。
お腹が大きく、もう何をするにもつらかったので、「早く産みたい」と思って毎日寒い中ウォーキングも欠かさなかったです。
予定日は、2004年2月11日。祝日でした。
あたしが通っていた産院は、土日、祝日、産院の営業時間外の出産は+1万になるので、どうにか平日の営業時間内に産みたいと思い、お腹に向かって「平日の営業時間内に産まれて来てね」なんて話しかけてもいました。(笑)
私が希望していた出産方法は、
「自然分娩、会陰切開は出来るだけしたくない、立会い出産をしたい、出産したら出来るだけすぐ母乳を飲ませたい」
以上4つでした。
会陰切開については、出来るだけしない方向でいくが、出産の際に切った方が安全にお産が進むと判断した時切る、ということを言われそれは納得しました。
無痛分娩、ソフフロジー法などさまざまな出産方法が今はあります。
出産に関していろいろ調べましたが、私としては、自然分娩で産みたいな、と思いました。
よく「鼻からスイカが出るくらいの痛さ」っていうけど(そんなの想像できない・・・)、でも、そういう痛みも体験出来る機会を運良く与えてもらったのだから体験してみたいと思ったし、出産は病気ではないので、自然の力に任せたい、とも思っていました。
出産が早まると言われたわりには、予定日の5日前に「ロード オブ ザ リング」の先行ロードショーを観に行ったり、予定日当日には、義母も交えて3人で「最後の外食だね」なんて、焼肉を食べに行ったりもしました。
結局「予定日より早まるかも」なんて言われていたのに、予定日をどんどん過ぎてしまい、とうとうバレンタインデーの2月14日。土曜日で夫は休みでした。
その日は朝から検診があり、産院に行きました。2月19日まで何の兆候も見られなかったら、20日入院をしてもらって促進剤を打つことになりました。
出来れば自然な形で産みたいと思っていたのでそれだけは避けたいなぁ、と思いつつ、でもそれもしょうがないかなぁ・・・、という複雑な気持ちでした。
夕方ぐらいから、なんだかお腹が張って歩くのがつらかったのですが、臨月になるとお腹の張りが頻繁で今までもよくあったこと、それと以前もお腹が痛い!と思い、「とうとうきたか?」なんて思っていたらただの下痢だったこともあり(笑)、「出産が近いかも!」とは思いもしませんでした。
でも、夜もなんだかつらかったので夕飯は夫に作ってもらって食べていると、やっぱりお腹がすごく痛い・・・。
時計をみて痛さの間隔を計ってみると、すでに10分間隔!!
夫と「とうとうきたかも?」なんて話したけど、それでもやはり以前下痢と間違えたことが引っかかって「まだまだわからないよね」とも思っていました。
その後、トイレに行くとわずかながらに「おしるし」があり、それで私も夫も「とうとう始まった!」と判断しました。
初産は、陣痛が始まってから10時間以上は出産までにかかると聞いていたし、あまり早く産院に行っても返されてしまうと聞いていたので、「とりあえずお風呂に入るか!」と入浴したものの、もう立ってるのがつらくって大変でした。
お風呂から出ると何をするにもつらく、「病院に行く・・・」と夫に伝え病院に着いたのが夜の10時過ぎ。
先生に診てもらうと、すでに子宮口が7~8cm開いているので、2、3時間以内に出産になるだろうとのこと。
初産は時間かかるんじゃないの?!とビックリしたものの、もうすぐ出産となると本当怖かったです。
陣痛はホントに痛く、陣痛室でも「痛い~」と叫んだり、「出産怖いよ~」と夫に泣きついたり、まさにダメ妊婦の典型でした・・・。
夫が側にいて励ましてくれたり、マッサージをして陣痛逃しをしてくれたり、側にいてくれて本当に支えになりました。
(そんなマッサージをしてくれてる夫に向かって「そこじゃない!!」「もっと強く!!」と怒鳴りつけた鬼嫁です。笑)
そして、日にちも変わり2月15日午前0時半頃分娩台に上がりました。
陣痛はもう間隔がなく、常に痛い状態。
「痛いよー!我慢できないよー!」と泣き言ばかり繰り返すあたしに、助産婦さんたちは「大丈夫大丈夫!」と手を握って励ましてくれました。
本当にどうしていいのかわからない痛さでした。例えようがない・・・。
(でも鼻の穴からスイカは確実に違う!)
何度かいきむと「赤ちゃんの頭が出てきたよ」と言われました。
夫も「あともうちょっとだよ!」なんて励ましてくれてたけど、私はただひたすら痛くて分娩台の横にあったレバーを握り締めて「痛いー!もう我慢できないー!」を繰り返すばかり。
そんな私の頭の中には「赤ちゃんも一緒に頑張ってるんだ!」ということしかありませんでした。
「いきんでー」と言われていきむものの、そこからなかなか進まなかったし、いきむと赤ちゃんの心拍数も下がります。
結局会陰切開をしました。
そしたら、その後1回いきんだだけで何かが「つるっ」と出て急に楽になり・・・。
「ふんぎゃー!ふんぎゃー!」とはっきりした泣き声が・・・。
2004年2月15日、午前1時26分、無事に女の子を出産しました。陣痛が始まってから約5時間で出産に至りました。
最初に赤ちゃんを見たときは「うわー!」しか言えませんでした。
こんな子が10ヶ月あたしのお腹の中に入っていたんだ、という驚き、あたしが産んだのだ!という驚き、小さな小さな体の驚き、こんな小さいのに頑張ってたんだ、という驚き・・・、驚きばかりで言葉が出てきませんでした。
出産は本当に痛くて、立会い出産したのに夫が側にいることなんてすっかり忘れて、
「手をつなぎながら出産したいなぁ」
と思っていたのに私が握っていたのは分娩台の横のレバー、という想像とは全く違うものでした。
日曜の深夜の出産で結局+1万料金がかかってしまいました。(笑)
「出産」という体験が、私の中に大きな変化をもたらしたものは計り知れないし、夜中の出産だったのに興奮状態に陥ってしまって、その後寝付いたのは次の日の夜でした。
そしてこれから育児をしていく中で、出産した日の事を忘れずに娘を育てていきたい、と思います。
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